例年、この時期に合宿をしている。症例の報告・反応点の研究・私の話などを交えて開かれている。

今年は、自己満足と社会的満足について話をしました。

誰でも、自分の思考や価値観で頑張っている。その条件がある程度満たされる、周りの人々と比較して満足感を覚えるのだろう。いわゆるプライドが保たれ。

少し視野を広げて見渡すと、自分の欠点が見えてくる。その欠点を克服するには無理があることがわかる。諦めざるを得ない。

そんな風にして、多くの人々がこの世を過ごしているのだろうか・・・。

その欠点は、子供の頃からの自分の行き方を見つめると、どうやら苦手の内容であることに気づく、それを克服するには無理を感じてしまうのだろう・・・。

その時、自分の実績を自噴で評価して納得する。そして自分の欠点を克服することを忘れてしまう。その方が生きていくのに楽だからである。楽しいからでもあろう。プライドが保たれるからだろうか。

欠点の克服は極めて難しい。苦手なものを克服するにはコツコツと長期にわたり努力しなければならないからだ。もしかしたならば克服できないかもしれないと不安を覚える。それは無のがあると考えた途端にチャンスを見逃すだろうか・・。

昨日は、時間を削れ、何かを削って何かに取り組もう、と呼びかけました。

鍼灸の仕事をしていると患者さんから質問されることが度々ある。「そうですねぇ、そんなこともあるのでしょうね」とごまかしていませんか。質もん答えていないのです。

サーピスの最も基本的なことと思うのだが、質問に答えることは基本中の基本です。しかし、それには知識や思考が必要ですから、知識を蓄えることが求められる。

なんと国家試験は患者さんの心配や質問に答えるのに必要な情報や知識はテーマになっていない。

医師でも鍼灸師でも流行る施設とそうでない施設が存在するが、患者さんに最も信頼度が高い施設は、不安や心配、質問にきちんと答える先生が勤務する施設であろうから、知識や思考の蓄積は先生の最も重要であろう。

 

鍼灸界では、「治れば良い」という言葉がある。治らなければ治療の意味がない、という人は少なくない。

だが、誰が治療しても、どんな治療をしても治る症状は無数にあるから、治れば良いという考え方の妥当性は低いのだろう。

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